川越に伝わる妖怪や不思議な伝説を検証するものです。第2弾は川越城の七不思議のひとつである「 霧吹きの井戸 」について検証してみます。
霧吹きの井戸 への行き方
霧吹きの井戸 は川越博物館のエントランスの手前、前の道のスロープを降りたところにあります。地図だと下記の位置です。
この辺り、駅からは遠いです。最も近いのは西武新宿線の本川越駅ですが、それでも徒歩だと20分程かかります。東武東上線の川越駅からだと徒歩30分は覚悟です。街中をぶらつくついでに来られるならいいですが、少しお急ぎの場合はバス(路線、観光)やシェアリングサイクルを使われるのがお勧めです。
また、車で来られる場合は、道の反対側に美術館、博物館の駐車場があります。また、国道を渡った「あぐれっしゅ川越」(JAいるま野の農産物販売施設)の奥に無料駐車場があります。

川越博物館です。川越博物館は、1990年3月に開館したので、それ程古くからの施設ではありません。どうでもいいですが、その前はグランドで、少年野球やソフトボールで使用されていました。

これが、 霧吹きの井戸 です。井戸の手前に案内板があります。
川越城の七不思議 「 霧吹きの井戸 」とは
「霧吹きの井戸」の手前の案内板には次のように記されています。
霧吹きの井戸
昔、川越城の片すみに、霧吹きの井戸と呼ばれる井戸がありました。
いつもは井戸にふたがしてあり、敵が攻めてきて城が一大事という時にこのふたをとると、中から霧がたちこめ、たちまち城を包み隠してしまったといわれています。
川越城は、こうした伝説から一名「霧隠城」とも呼ばれました。

つまりは、こんな状態なのが、井戸から霧がもやもやと立ち込め

こんな状態になる、ってことですかね?
(写真はCanvaで加工しました)
検証1:川越は霧の発生が多いのか?
私の実感では、川越や狭山辺りは年に2、3回は朝方、濃い霧が発生します。田畑の多い地域を通過する際は真っ白です。季節としては、秋、やはり10月、11月あたりが多いですが、たまに春先もあります。

2025-04-04 07:02 ウェザーニュース 埼玉など関東の一部でキリ 濃霧による視界不良に注意
霧の発生条件にはいろいろあるようですが、このあたりだと以下の2つが主だと考えられます。
- 放射霧(ほうしゃぎり)
晴れて風の弱い夜、地面の熱が空へ逃げる「放射冷却」によって発生。
条件: 前日が雨で地面が湿っており、翌朝が快晴で冷え込む - 蒸気霧(川霧)
暖かい水面に冷たい空気が流れ込んだ際、水面から蒸発した水蒸気が冷やされることにより発生。
条件:冬の早朝など、水温よりも気温の方が大幅に低い(温度差が約10℃以上)
この辺りの霧は少なく見積もっても、300平方キロメートル(㎢)くらいの面積を覆ってそうですので、まあ、放射霧なんでしょうね。ちなみに、川越市の面積は 109.13平方キロメートルです。
ただ、「霧吹きの井戸」の霧は「川霧」であった方がなんだかカッコよさそうです。果たしてその可能性はあるのか?次に深堀りしてみます。
検証2:霧吹きの井戸の霧は川霧なのか ?
川霧は残念ながら見たことはないのですが、実は川越近辺でも出るようです。


上の画像は「鴻巣市荒川の大芦橋付近」とあるので、川越城から北北西18kmといったところにある場所です。
では、江戸時代の川越城付近の地形はどんなであったかというと、やはり城なので周りは堀と川に囲まれていたようです。(「大江戸今昔めぐり」アプリからの画像です)

城の西にある川は「新河岸川」です。余談ですが、新河岸川は意外に長く、始点は川越市内の田んぼ?あたりなのですが、最終的には東京都北区の岩淵付近で隅田川に合流します。
この地図で見ると、霧吹きの井戸は二ノ丸の南のところですが、実際は、もう少し東寄りの、今だと武道館の隣の駐車場の辺りにあったようです。初雁球場はお濠だったようですね。
そうすると川霧が発生して、北東の風が少し吹けば城を覆うこともできるかもしれません。ちなみに川越城は平城なのです。
検証3:川越城を覆える霧の水分量は?
それでは城が隠れられるほどの霧の水分量とはどのくらいであるかを検証してみます。
まず、敵が城を見失う、というくらいですから、本丸だけでなく、川越城一帯と考え、その広さ(面積)を試算してみます。

多少でこぼこはありますが、ほぼ台形とみなし、面積は
(960+1410) × 930 / 2 =1,102,050㎡
霧を含む空間(体積)は、というと、高さが必要です。時の鐘や富士見櫓が16mらしいので、それを採用して、
1,102,050 × 16 = 17,632,800㎥
これが霧の水分で隠れるようになればいい、ということになります。
では、どのくらいの霧(水分)の量になるかを調べてみる(GoogleAIに聞いてみました)と、
「目の前が真っ白で見えない(視程1m〜5m程度)」という極限状態を想定すると、1立方メートル中の水分量は以下のようになります。
- 視程10m(かなり濃い霧): 約 0.1g / m³
- 視程1m(ほぼ何も見えない): 約 0.5g〜1.0g / m³
上で試算した容積(17,632,800㎥)を視界が極めて悪い状態の標準値である(1立方メートルあたり0.5グラム)に当てはめて計算します。
17,632,800㎥ × 0.5g/㎥ = 8,816,400g
これをキログラムおよびトンに換算すると以下のようになります。
・約 8,816 kg
・約 8.8 トン
家庭用のお風呂(約200L): 約 44杯分 の水の量のようです。
検証4:井戸の水分量で城を覆えるのか?
では、霧吹きの井戸の貯水量はいかほどであるか?これを検証します。
井戸の貯水量を「円柱の体積(容積)」で計算してみます。
直径(内径): 城郭の井戸は大きようなので、1.2m〜1.5mとします。
水深(水柱): 地下水位によりますが、3m〜5mほど水が溜まっているのは普通なのようです。
これをもとに、以下の仮定で試算してみます。
直径1.5m、水深5mの場合:
0.75 × 0.75 × 3.14 × 5 ≒ 8.83 ㎥
つまり、約8.8トンとなります
むむ!! 偶然にも、先ほど試算した霧の水分量と同じです。(本当に偶然です)
つまり、井戸の水を霧化できれば、水を汲み切るころには城一帯は霧に覆うことができる、ということになります。
また、井戸の水は下からどんどん湧いてきまので、例えこの量で足りないとしても汲みだしたそばから、地下水脈から水が補給されるはずなので量的には十分といえるような気がします。
検証5:計算された科学兵器だったのか?
ここからは妄想になります。「井戸の底に溜まった8.8トンの水」を、効率よく霧に変えるための江戸時代(それより前?)の仕掛けについて検証します。
1 地下熱による「圧力釜」効果(地熱ブースト)
霧をどうやって井戸から噴出させるか?敵襲を聞いた後に素早くとれる必要があるので、時間がかからない措置が必要です。
時代を考えると、井戸の底に、巨大な「焼いた石」を投げ込む仕組みをとった、というのはどうでしょう?
- 仕掛け: 有事の際、本丸の台所などで熱した大量の石を、井戸の横穴から一気に水中に投入します。
- 効果: 水温が急上昇し、狭い井戸の筒の中で大量の水蒸気が発生。蓋を開けた瞬間に、蒸気機関車のような猛烈な圧力で霧(湯気)が地上へ噴き出し、冷たい外気と混ざって巨大な雲を作ります。
2. 「飽和水蒸気」の連鎖反応(気象ブースト)
新河岸川周辺はもともと湿気が高く、川霧が発生する寸前の「飽和状態」に近い空気が溜まっています。
- 仕掛け: 井戸から放出された温かい水蒸気(8.8トン分)が、周囲の湿った空気に混ざります。
- 効果: 井戸の蒸気が「核(結露のきっかけ)」となり、周囲の川沿いの湿気を一気に凝結させます。これにより、井戸単体では不可能な広範囲の濃霧を、連鎖反応(ドミノ倒し)のように発生させます。
井戸はゼロから霧を作る装置ではなく、「川にある膨大な湿気を一気に霧に変えるための起爆剤」だったと考えられませんですかね。
この「井戸(起爆剤)+新河岸川(燃料)」というシステム、当時の軍師が意図的に設計したとしたら、まさに江戸時代の気象兵器といえましょう。
検証結果と課題
以上、 霧吹きの井戸 の伝説について検証してまいりました。わかった点としては次のとおり。
- もともと川越付近は霧の発生が年に2、3回ある。
- 霧吹きの井戸は川越城本丸の北東、新河岸川の側にあった。
- 井戸の貯水量と川越城全体を覆う水分量は同じ程度。
- 井戸から霧を発生させることができれば、新河岸川等の湿った空気を取り込んで急速に濃霧を発生させることができても不思議ではない。
検証できていない点としては以下があり、これは課題としておきます。
- 季節風との関係(北西の風の場合、霧が逃げないか)
- 効果持続時間
- 霧はドライアイスの煙だった説
以上、お読みいただきありがとうございました。


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