喜多院七不思議 底なしの穴 (前編) ‐小江戸川越 妖怪 検証・その4

川越に伝わる妖怪や不思議な伝説を検証するものです。第4弾は喜多院七不思議の一つ、「 底なしの穴 」について検証してみます。長くなってしまったので前編・後編に分けます。まずは前編です。

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底なしの穴 の伝承とは

「 底なしの穴 」伝承とは喜多院七不思議の一つで、喜多院のすぐそばにある日枝神社境内の大きな穴にまつわる話のことです。昔の喜多院は今より相当大きく日枝神社も中に位置していたので「喜多院七不思議」に含まれています。内容は次のようなものです。

喜多院のサイトから引用

喜多院の山門のすぐ正面には、国の重要文化財になっている日枝神社があります。この神社の狭い境内には、昔から「底なし穴」と呼ばれる大きな穴があり、覗き込んでも決してそこが見えない、それはたいへん深い穴でした。

ある日のことでした。近所に住む人たちが、「一旦この穴はどのくらい深いか知りたいな。」、「ひとつ、何かをほおり込んでみようか。」と相談して、鍋を投げ込んでみました。そして耳を澄まして待ちますが、いつまでたっても落ちた音がしません。「おかしいな。」それではとお椀や下駄などを投げ込んでみましたが、やはり何ひとつ音がしません。

「一体、どうなっているんだ?」と皆が穴を覗き込んでいますと、500メートルほど離れている双子池(竜の池弁天・ここも仙芳仙人が竜を祀ったといわれる伝説のある池)の方からやって来た人が「池に物がたくさん浮かんでいるぞ!」といいますので、行ってみると、さきほど日枝神社の穴に投げ込んだものが池の水面にポッカリと浮かんでいるではありませんか!

人々は今さらながら不思議な穴だと驚いて、この穴を「底なしの穴」と呼ぶようになったということです。

日枝神社 と 双子池 の場所

日枝神社は、川越大師喜多院の山門のすぐ正面にあります。地図だと下記の位置(仙波日枝神社と表記されている)です。

一方の双子池は、というと、ここは喜多院の南東方向の「龍池弁財天」の中にある池になります。地図だと下記になります。観光場所でもないので、あまり知られていないと思います。

この2地点がどのくらい離れているか、というと伝承通り直線距離で650m(伝承だと500m)あります。

穴から池までお椀や下駄が地下を通ってきたのか?異空間、或いはどこでもドアでもあったのか?謎だらけですが、検証していきます。

予備調査 江戸時代の喜多院と双子池

ここで、また「大江戸今昔めぐり」を使って、この辺りを確かめてみます。まずは現代地図。
※「大江戸今昔めぐり」は現代と江戸時代の地図を切り替え、重ね合わせることができる優れたアプリケーションです。スマホでも見れます。

これを江戸時代の地図にしてみますと、あれれ?喜多院が今より随分と大きいですね。

また、双子池の右手(東側)に昔は大きな池(沼地?)があったことがわかります。重ね合わせてみるとよくわかります。

これを見ると、日枝神社は喜多院内の北東に位置していたことがわかります。また、双子池と東の池の間に今は新河岸川が通っていますが、江戸時代の新河岸川はもう少し南にある仙波河岸史跡公園付近までしか来ていませんでした。喜多院と双子池の間にくねった水路がありますが、おそらくは用水路を兼ねた小川だったのではないかと推測します。

一旦、この昔と現代の道や建物の位置関係を記憶しておきましょう。

ところで、双子池は特に2つの池から成り立っているということでもありません。この名の由来に調べる中で、少々悲しい話であることが分かりましたのでご参考までに紹介します。

その昔、川越城に使える侍の家に大変仲の良い双子の兄弟がおりました。 ある時、弟があやまって池に落ち、兄が助けようとしたのですが、二人とも溺れてしまいました。二人がいなくなったことに気づいた両親は、必死にあちこち探し回りますが見つかりません。

 これはもう神様にすがるしかないと毎日龍神の池に通い、「一目でいいから子供たちに会わせてください」と一生懸命にお祈りしました。 すると、兄弟の着物がふんわり水面に浮かんできた。両親は喜んでこれを持ち帰り、弔ったといいます。 それからは、この池を双子池とも呼ぶようになりました

検証1 底なしの穴の深さは?

それではまず、「底なしの穴」の実際の深さについて検証してみます。いったいいかほどの深さであったのか?

この穴の跡が日枝神社の境内左手に残っています。意外に大きく、一辺が1m以上ある正方形をしています。穴自体は現在は塞がれており、中をみることはできません。

伝説には「覗き込んでも決して底が見えない」とあります。この大きさのままの穴が開いていたのかのかどうかはわかりませんが、今の状況を元に、底が目視できない(日の光も届かない)とはどのくらいの深さなのか、ちょっと計算してみます。

穴の直径を約1mとします。日本の緯度を「北緯35度」とすると、一年で一番太陽の高く、穴の底が見えやすいと考えられる夏至の日の正午の太陽高度は以下の式で出せます。
  ・式 : 90 ‐ 緯度 + 23.4(地軸の傾き)
  ・計算: 90 – 35 + 23.4 = 78.4

計算しやすいように、78°として、穴の深さをh(m)とすると、下図のように三角関数で深さhを簡単に求めることができます。

つまり、直径1mの穴の場合、深さが5mを越えると、夏至のときでも底に光が入らない(目視できない)ということになります。感覚的にも、深さ5mを超えているとなると、ちょっといたずらや冒険で入ってやろうという気もなくなりますね。もう少し穴の直径が大きい(例えば1.2m)とすると、深さ(h)も直径の長さに比例するので、5.64m(=4.7×1.2)ということになります。

この深さは地質的にも絶妙です。下記の画像は、埼玉県公式サイトにある土地分類調査報告書(川越)の抜粋です。少々、画質が悪くて見にくいと思いますが・・

丁度、喜多院、日枝神社は右の地図上の⑧に示された川越台地にあります。左が⑧の柱状断面図です。これを見るに、地表から丁度5mのところは関東ローム層、粘土層を経て礫層(武蔵野砂礫層)が現れたところと言えそうです。これにより、面白い考察ができます。関東ローム層は火山灰土でスポンジのように水を溜め込みますが、通水性は低めです。それに対し、武蔵野砂礫層は砂や礫(小石)が詰まった層であり、非常に高い透水性を持ちます。則ち、穴の底は砂礫層に達しているので水の流れがあってもおかしくなかった、といえます。前述の江戸時代の調査にある、「穴の内部が東西南北に四通していた」というのは、この水の流れにより関東ローム層から砂礫層に向かって穴が浸食(広がって)されていた、ということのようにも思えます。

検証1は以上です。検証2以降は「喜多院七不思議 底なしの穴 (後編)」で。


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